音楽用語のことを少々
フェルマータという記号は小中学校などの音楽の教科書にも出てくるので、ご存じの方も多いと思います。
アーチ型の弧線の中に点があるマークで示され、教科書では「延長記号」とか書かれている、あれです。
まあこれがねえ。延長って意味が一切ないわけですよ。
で、wikipediaを見ればいろいろ書かれていますが、うーん。
なんか…まあそうなんですけど、ちょっとちがうよな、みたいな。
イタリア語知ってるよ!っていう方々がどうも得意げに「バス停にフェルマータって書いてある!」って説明しちゃう感じは、ここ20~30年ちょいあちこちでみかけます。
で、まあそれは、はい、そうです。
英語で言えばいわゆる stop ですから、バスに限らず地下鉄などでも言葉として普通に使います。路上の「止まれ」標記も以前は ferma と書かれていた場所が結構あったと思います(今はどこも英語表記が多いと思います)。
でもイタリア人の音楽家にとってあの記号はCoronaです。「Coronaは略称・俗称でFermataが正式名称」みたいな説明も見かけましたが、うーん…その説明はたぶんちょっと違う気がします。
用法も歴史的推移もかなり幅広いですが、それを事細かに分類してそれぞれの意味を知らねばならないとかいうのではなく、もっと基本にある概念が大事なんではないかと思うんですよね。つまり、なぜその記号が必要になったか。どんな目的で用いられてきたか。なぜその名前で呼ばれるのか。そして、ある作品が書かれていく過程で、なぜこの記号が作曲者によって選ばれ、どうしてそこに記入するに至ったのか。
再現される物理現象として考えれば記譜の手段はたいていいくつか選択肢があるので。
まあそういうわけでなにしろ、イタリア人にとってあの記号は一般的にCoronaなんですけれど、同時に意味するものとしては確かにFermataではあります。
そこらへんはここでは仕事でリスクを負って説明する気はないので曖昧にやり過ごしますけれど…ただ、自分から進んで語りたい方々の説明が正しいかどうかについては、正直…まあ正しいところもあるけど全部じゃないかな…というしかないかな、と。
実はそれ以外というか、フェルマータはさておいたとしても、各国の記譜法や基本的音楽理論に関する教育には不満がたくさんあるんですよ…
たとえば、難しい理屈は面倒だからと言って最初に「四分音符=1拍」と教えてしまうような教育には自分は常に否定的です。
なので、少なくとも自分がかかわる方々には拍子記号の仕組みを一度は歴史的経緯等も含め正統に説明するんですが、欧州某国の大人の生徒さんに「つまり四分音符って1拍でいいんでしょ?」とか聞かれてしまったりすると心底げんなりします。
ここら辺も仕事領域ですし、知りたい方はいろいろ検索すれば行きつくのでここでは語りませんが…
なんで4/4をCって書くのか聞かれて、そもそもそれはCではなく、ラテン語でtempus imperfectumといい、これこれこういう思想と経緯でこういうものを指す記号だった、と説明したとして、それでも後で「学校ではCommonTimeのCって習った!」とか言われるとほんとにがっかりすることになります。
どうしてそんなに簡単というか単純だと思うんだ…馬鹿にしないでほしい…
特に英語圏の記譜法関連の指導法は、とにかくいろいろびっくりします。例えば…ト音記号を逆から書くの推奨してたりする。最初ほんとにびっくりしました。
あとね、二分休符と全休符の見分け方を覚えるのに top hat! two beats! とか振りつけ付ききで唱えさせちゃったりする(2拍と数えるとは限らないんだよ…)。これは歴史的推移を考えるとほんとに許しがたい。でもあまりわかってもらえないんですけれどね…
理屈が通っていないまたは通らなくなる時が来るやり方はマジで廃止してほしい…
それより、例えば全休符だけは開始地点ではなく小節のど真ん中に書かれなければならないってルールを教えようよ…そうすれば見分けはどんなときにもつくんだよ…とか思うんですけれど、この点はちっとも学校教育でも個人教授の世界でも触れられないんです。なぜかはわかりませんが。もしかして知らないのかな。知っててよ…
あとねー。ハ音記号や移調楽器の譜面を含んだ総譜を読みこなすのは大好きだが移動ド至上主義は大嫌い。
音楽系の教育システムはまだまだ問題が山積みだよなあ…と思うんですが、この話題はまた追って少し深くお話しできればと思います。

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