おとり捜査を依頼された話 その④
ところで皆さん、覚えていらっしゃいますか?前回、大学生の生徒さんが「断った後、立ち去るときにいい笑顔なら詐欺師だよ」って言った話。見事にその通りでした。すごいぞ私の生徒さん!
もう飽きてしまったかもしれませんが、もう少し奇妙な話は続きます。というか、まだ”おとり捜査”を頼まれていませんからね・・・タイトルにそう書いた以上、そこまでは話さないと。
断った数日後の深夜、バルコニーに置いていた瓶や缶を資源回収に出そうと窓を開けたら、人影が。慌ててしゃがんでじっとしているけれど、たぶん男性。そこは住人でも出入りしない場所です。
気づかないふりをして窓を閉め、警察に通報しました。すぐに巡回中の警察官が来てくれました(たぶん5分以内くらい)が、すでに姿はなかった。
実は、Mさんが引っ越してきたころから、家で誰かと電話で会話しているとき、音声に今までにない妙なリバーブがかかっているのは気になっていました。
これはあくまでも憶測ですが、簡易的な収音器かなにか?で盗聴されていた可能性はあります。なので、その時の人影はMさんで、それを回収にでも来たんだろうか・・・と、ふと思いました。次の日に友人に電話して音声状況を確認してみると、妙なリバーブは発生しなくなっていました。ただ、いつからいつまでそんな状況だったかはっきり覚えてるわけでもないし、おそらくただの偶然でしょう。
それから1~2か月。Mさんは引っ越していくこともなく(あの家を建ててるのは自分って話どこー)、建物の入り口でばったり会うようなこともなくなりましたが、ある日窓の外からどうやら同居しているという婚約者の女性との会話が聞こえてきました(対面して会話していた時は大事なところで声が小さくなるMさんでしたが、普段はとても大声でしゃべるようで、こちらが締め切った部屋での練習の合間に換気のために窓を開けた時など、必ずと言っていいほどMさんのしゃべり声が聞こえてきたものでした)。Mさんは帰宅したところのようで、
「ほら、言ってたダイヤだぞ、みろ・・・あとほら、これ、お金が入ったんだから、今日はこれで好きなもの何でもさ、とんかつでも何でも買ってこいよ」
ダイヤ・・・お金・・・とんかつ・・・・・・
この人は今日、私にしたように、誰かをけしかけたんだろうか。そしてとにかくお金が入って、そのお金で、今夜はとんかつを食べるんだ。
その瞬間、その人が詐欺師だろうが何だろうが、なんかもう、呆然とし、そして、ものすごく悲しくなった。よくわからないけれど、涙がボロボロこぼれました。
さらにそのちょっと後、建物の前に空の軽トラックが停まっており、階上からタンスを運びだす2人の作業員。
建物の入り口ですれ違うも、作業員は無言。なんだか変な雰囲気です。
こういう時、たいてい作業員さんは「ご迷惑おかけします!」とか何か声をかけてくれるものですが、無言でした。
ああ、これは、Mさんの家から運び出しているんだな、きっと夜逃げする気だな、と思いました。
多分その1~2週間後だったと思います、大家さんが電話してきました(隣なんですけどね)。
以前Mさんの件で相談した話のことで、警視庁の刑事さんが話を聞きたいと言っているので電話番号を教えてもいいか、という確認でした。
ああ。やっぱりそうだったか。
大家さんはMさんが夜逃げ同然で退室してしまい、不払いの家賃があるので警察に相談したということでした。
そこから、Mさんは被害届が複数出ている詐欺の常習犯として手配中であるということが分かった、と。
刑事さんから電話がかかってきました。私は被害者ではないので、あくまでも捜査協力者。
気になっていたのでまずアートギャラリー(夜明けに住所確認に行った事務所)のことを聞いたら、彼らも被害者側で、被害総額は数千万とのことでした。
さて、基本の質問からしますので普通に答えてください、最初にあったのはいつどこでしたか、など質問が始まりました。そして、
刑事さん「その人は何という名前ですか」
私「Mさんと名乗っていて、その名前が書かれた名刺をもらいました」
ここで刑事さんが笑い出しまして。ええええええなんでえええ?
「なるほど、あなたが被害にあわなかった理由がわかりました」「・・・は?」
「名乗っていたっていいましたよね、あなた、最初から信用してなかったんですね」「あ、いや、まあ、はい・・・」
刑事さんには「どうして信用しなかったかも聞かせてほしい」と言われ、いろいろ話しました。また、「その人の見た目や話し方など何か覚えている特徴はありますか?」と聞かれ、「なんか会うたび服装や雰囲気が違うし、自分は大事なところでぼそぼそしゃべるのに私には大声で話させるし、ちょっとした会話でちゃんと筋が通っていないし、深夜まで引き留めるし、ほかの人に相談させないように必死って感じで・・・」
刑事さん曰く、被害を受けた人はだいたいタレントやモデル、俳優など、芸能系志望の女性で、だれにも相談しなかった、早期決断を迫られたが、相談するといい話を横取りされそうだと思った、と。
刑事さん「あなたはいい話だなとは思わなかったですか?」
うーん。いい話っていうか、いわゆる儲け話は、湧いて出たりしないもんですよね。基本はまずそれ。
あと、才能を認めてくれる人っていうのは、あんなふうに決断を迫ったりしない。
刑事さんにはそのほかにかなり細かい情報の確認や質問もされました。で、このブログに書いたような内容そのほかいろいろと話しましたが、なにしろ観察力に関してはとても褒めてもらいました。
いやまあ、褒められましてもねえ・・・ものすごく怖かったし。
で、さんざん質問や確認をされた後、刑事さんが「ところで、実はお願いがあるんですよ・・・まあ、話を聞く限り、あり得ないなあとは思うんですけどねえ・・・」「はい?」「もしMさんから連絡がきて、また同じような話を持ち掛けられたら、いったん会う約束を取り付けてもらえませんかね・・・」「あ!なるほど、それでそちらに連絡するんですね?」「察しがいいですね(笑)」「これってもしかしておとり捜査ってやつですか?」「ええまあ、そういうやつですね・・・でも、こりゃ絶対連絡は来なさそうだな」「・・・そうですねえ・・・まあ、とにかく、何か連絡がきたらすぐお知らせします」
刑事さんの予想通り、連絡は来ませんでしたけれど。
ここに書ききれなかったことがまだまだたくさんあるんですけれど、とにかく、自分は、ちょっと怖い思いをしたり、自分の仕事に対する姿勢をとやかく言われたり、いろいろあった中で、一番印象に残っているのが、階上から聞こえてきた「とんかつ買ってこい」という言葉です。
人をだまして得たお金でとんかつを買う、ということ。
そして、Mさんは頻繁に近所の神社にお参りに行っていたこと(Mさん自身がそう話していた)。Mさんは、日々何を思い、何を祈っていたんだろう。
このMさんの件で被害者となった方には本当に同情するし、Mさんは間違いなく犯罪者なのですが・・・
いまだにうまく説明できないんですけれど、この時自分は初めて「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を実感できた気がします。
長々読んでくださってありがとうございました。この話はおしまいです。
前を読む

コメント