ペトルーシュカ
ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」のピアノ版はずっと弾いてみたかった曲の一つです。
「ペトルーシュカ」はバレエ・リュスの依頼で書かれたバレエ音楽で、主役ペトルーシュカを演じたのはニジンスキー。
ざっくり情報はこちら(Wikipedia)。
ピアノ独奏版はアルトゥール・ルビンシュタインの依頼で作曲者本人が3楽章にまとめました。とかく「超絶技巧」と語られがちですが、まず何より、少なくとも10度(ピアノの鍵盤でいうドからオクターヴ以上離れたところにあるミ)、余裕で9度開きそのほかの音もつかめる手がないと弾いてみること自体がかなり厳しいといえるのは確かです。アドリビトゥム(そうするかどうかは奏者が選べる)とはいえオクターヴのままグリッサンド(鍵盤の上を滑らせて弾く技法)を演奏するような個所、しかも左手、というのも出てきます。私は右手のオクターヴグリッサンドは上行下行ともできますが、左手はかなり苦手です。
余談というかなんというか、ちょっとわかりにくい話かもしれませんが、自分の手は小指が長いほうなので10度届くタイプです。
ピアノ弾きの手は指が長いというイメージを持たれがちですが、ざっくり二分すると「幅広型」「指長型」の2タイプいて、自分はどちらかというと後者です。幅広型は幅が広いだけでなく親指がなんというかかなり独立してほかの4本の指に対し手首の近く(第一中手骨の付け根)からL字型に開く構造というかんじです。なので幅広い音域をガチっとつかめてしまう。私はそこはL字に開かず、かなりV字っぽいのですが、小指が長いので得しています。
そういえば、学生時代、2台4手演奏(2人の奏者がそれぞれ別のピアノで弾くのは2台4手、1台のピアノで2人で弾くいわゆる「連弾」は1台4手と呼びます)でもストラヴィンスキーを取り上げました。担当教官に「手が大きいから皆がやれない曲ができるのはいいねえ」とか言われましたが、技術的にかなり困難な部分があって、手が大きいから指が長いから弾けるとか思われるのは心外だと不満に思ったものです(実際自分と組んでくれていた人は私より手が小さかった)。
とはいえ、自分はかなり譜読みが早く(いわゆる初見がきくタイプ)、複雑な譜面を読むのも割と得意でしたので、ペトルーシュカも早々に楽譜だけは買って持っていたし、ちゃちゃっと弾いてみると何となくできそう。難しいところはあるけれど、まあそのうち本気出してやろう。そう思いつつ、やってみるたびに何となく進められず、プログラムに入れる計画が立てられず、忘れかけてはたまに引っ張り出して弾いてみて、の繰り返し。元が管弦楽ですし、楽譜が結構複雑だし…って思ってたんですけれど。
最近になって、やはりもう一度練習してみようと思って見直したら、あることに気づいたんですよ。
複雑というのではく、なんというか、フォーマット的に自分に合わないのだ、と。
作曲家にはやはり書き方の癖があって、すごくシンプルな例としては「加線を避けたいか否か」みたいな点とか(これにはいろいろ歴史的な推移とかあるのでここで多くは解説できませんが)。
で、ストラヴィンスキーはまさにこの加線を避ける系の書法が多い。ちょいちょい上下の譜表を跨いだり、音部記号を変更したり、3~4段譜を用いたり、オクターヴ記号を用いたり。もちろんこれらは必要な記譜法です。でも、加線3~4本でいちいちそれをやられてしまうのは割と苦手なんですよね…。
学生の頃に初めてこれを弾いてみたときは、持ち前の器用さで8割がた弾けそうな雰囲気にはなったんですが、残りの2割、なんとなく感じていた譜面の視覚的な違和感と圧迫感のようなものの原因はこれだったのかもしれない。
実は学生の頃に、本来かなり譜読みが早かった自分が「譜読みを遅くする」という努力をしたことがあります。それ以来、譜読みは本当にめちゃくちゃ遅くなりました。この話をすると同業者には驚かれるより「馬鹿にしてる」と怒られがちなのであまり話さないできたんですが。
音大受験~学生時代、恐ろしく譜読みがゆっくりな同門生の友人を見ていてずっと引っかかっていたんですけれど、最初は「なんでそんな時間かかるの?不器用なのかな」くらいに思っていたんですよね…でも、仕上がると、しみじみといい演奏をする。ちゃちゃっと仕上げて次々行けるけれどちっとも深まらない自分とは大違い。なんなんだ、これは。アウトラインをつかんで何となくそれらしく仕立て上げられる能力では決して読み取れない何かがあるのかもしれない。
で、とにかく譜読みを遅くする努力をしたわけです(どんな努力なのかは具体的に説明しにくいし一応企業秘密ですし多くは語れませんが)。
そんなこんなで、ペトルーシュカを改めて譜読みし始めるにあたり、PCで楽譜を作成しなおしました。
基本的には楽譜は作曲家が選んだ書法をなるべくそのまま見たい。でも、このケースは、たぶんだけれど、構築しなおす価値がある。そう思い立って作り直してみて、初めて見えてきた部分がたくさんある気がする。
めちゃくちゃめんどくさい作業ですが、やってみてよかった。

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