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卜伴椿とアメリカオニアザミ

  • 4 days ago
  • 6 min read

以前、写真のことについて少し書いたことがありますが、その後、以前から好きだった鳥、昨夏から撮り始めた昆虫(主にチョウやトンボ、セミなど)など撮りまくっているので、そのうちその件もちょっとまとめていろいろ書きたいなーと思いつつ…今日は以前からよく撮っていた花にまつわるお話です。


突然ですが、買っておいたニンニクなんかが突然ものすごい勢いで芽を出して驚くことってありませんか?

生命力すごいなー、冷蔵庫の中で寒いのに元気だなー、とか。

でも、最近はどうも「芽が出ないまま長期間持つ」ものがあるよな?と思い、どういうことなのか軽く調べたら、発芽抑制や芽止め処理といった言葉が出てきて、具体的な内容はあまり詳しく述べられていなかったのですが、何しろそういう工程を経て出荷されているらしい…ということはなんとなくわかりました。


へえ…そうなのか。


まあ、例えばニンニクなら、いったん芽が出だすと、いわゆる球根部分の養分がそちらにどんどん取られてしまい、可食部分があっという間にやせ細ってしまう。ですから、それが起きないとなれば消費者的にはありがたいし、生産や出荷から流通、販売の過程で品質管理もしやすくロスも減るのでしょうし、いいことだらけ…のはずなんですが、なんというか…日本語にどうもうまい語彙が見つけられないのですが、たとえば英語でいうtame(「飼いならされた」などの訳語が一般的でしょうか)というか、何らかの生命体を人間の都合で制御していることのモヤモヤ…みたいなものを感じてしまうわけです。例えばニンニクならニンニク側の本意や都合ってものがあるだろうになあ、というか…だからなんなのだ?人間が人間の都合で栽培しているのだから、人間の都合としてより合理的に制御して当然だ、といえばそれまでなのですが…相手が生命体である、ということを考えると、なんだか「それでいいのかな」という、ちょっとした引っ掛かりがあって。


そんなことを考えていたら、ふと「卜伴椿(白芯卜伴)」という花のことを思い出しました。


数々ある椿の園芸種の中でも人気のある凝った作りの花で、この名前で検索すればその姿はすぐに画像でご覧いただけると思います(念のため、読み方は「ぼくはんつばき(はくしんぼくはん)」です)。濃い紅色の一重で割と小ぶりの花ですが、おしべの先(通常は黄色い花粉が見える部分)のそれぞれが白い小さな花弁のようになっています。



この椿が咲いているのをリアルでご覧になった方にはおわかりいただけることと思うのですが、実際は同じ株から咲く花々のこのおしべの花弁化には結構ムラがあり、ほとんど通常のおしべのように見えるものもあるし、そこにちらほら白い花弁化した物が混じる程度のものもある。これらは開花から経過的に変化していくわけではなく、単純に個体差ということのようです。

しかし、この品種を説明するインターネットのサイトでは、私が見た限りはどれもしっかり白い花弁として現れた個体の写真が採用されている印象です。この品種は「そう咲くように改良された」のだろうから、まあそれはそうなりますよね。理想形として、すべてのおしべの先が白い花弁になっているべき、ということでしょう。

でも実際はそうでもない(少なくとも私が見た木では割とばらつきがありました)。

そして、不思議なことに…というかなんというか、その理想形で咲いた個体のほうが「より美しい」と思ったかというと…

これは人によるでしょうけれど、私は「そうとも言い切れない…かな…」というか…これまたどうにもモヤモヤしてしまったんですよね。


卜伴椿(白芯卜伴)は美しいですか?と聞かれたら、「はい」と答えると思います。それは確かなんですけれど、なんというか、「この変異を美しいと思い、維持し固定種としようとした人がいた」こと、「それを美しいと思い植栽として採用した人がいた」ことへの理解が先に立ってしまう、みたいな感覚。じゃあ自分にとってはどうかというと…その個体差として現れる差異を見て、いろいろ思ってしまう。ちょっと思い入れを込めた表現になってしまいますが、あえて言語化するならば、tameされることへの抵抗であったり、順応しきれないものであったり、 tameしようとする側の不完全さであったり、創造における本質部分には介入しきれないとかすべきでないみたいな諦念や畏怖であったり、…そしてそれらは、少なくともその花の側としては、本意なのか不本意なのかは私にはうかつに判断できないな…みたいな、複雑な思いがあるわけです。


発芽しにくいニンニク。おしべの先端が花弁化したツバキ。

人間の都合と、生命体としてdesignされたはずの、本来的で本質的な仕組み。


もう一つ、花の話をさせてください。


アメリカオニアザミ(米国原産というわけではないのでセイヨウオニアザミとする場合もあるようです)。



ちょっとした植栽の間や道端なんかにも生えてきて、70~150㎝くらい?の高さに育ち、紫がかったピンク色の花を咲かせます。これがまあ、とにかく棘がすごい。茎も葉や花の周りも棘だらけ。花が咲くとそのあとはあっという間に綿毛になって、これがものすごくキラキラで、ものすごくよく飛ぶ。綿毛が飛んできたので周りを見回しても花は全然見当たらない、なんてこともよくあります。本当に強くてたくましくて、美しい。茎の棘はかなり鋭いらしく、刈り払うにも大変そう。受粉に必要な虫なんかは飛んで直接花にアクセスできるけれど、それ以外からはたやすく触れられるような作りではない。相手の都合でtameされない、させない構造の権化みたいな花だな…と思っていつも畏敬の念を込めて眺めています。

ですから、この花を植栽としてわざわざ採用しようと思う人は少ないと思います。制御が難しい、とても厄介な形状だから。でも、それもまた人間の都合で見た価値観でしかない。


卜伴椿は「都合や価値観で手本にしようとしたもの、こうあるべきとしたもの」に従わせることは難しいという象徴のように思えます。どんなに手をかけても、表面的に姿を変えたように見える性質とは異なる本質が根底に残っていたりする。これはこれで、とても強い。

アメリカオニアザミには、ある意味でStand Alone的な生命力みたいなものがある。他の都合なんか寄せ付けない、物理構造としての逞しさ。これも本当に強い。


私が先日買ったニンニクは今のところ芽を出さないままかごに入っていますが、明日にもにょきっと芽が出るのかもしれません。


*リンクの写真はいずれも私自身が撮影したものです

*写真の話を独立したタグにしました



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